LOGIN坂口が住む寝屋川から大阪市内に入る近道は、阪神高速守口線である。
しかしあえて健太郎は迂回し、再び高槻に戻っていた。
それは阪神高速から市内に入ろうとすれば、どうしても一度、わずかな距離であるが市街に出てしまうからであった。
街がどの様な状態か分からない以上、リスクは最小限に抑えたかった。
目的地である藤原の家に行こうとすれば、北からバイパスの新御堂筋を使った方が危険は少ないと健太郎は考えた。
* * *
国道171号線で、一旦車を止めた健太郎が言った。
「第一関門は新御堂筋〈しんみ〉やな」
早朝の肌寒い冷気の中、白い息を吐きながら健太郎が地図を開く。
どうして車にナビがついていないのかと聞いた本田は、既に左目の辺りに青い痣を作っていた。
藤原ほどではないが、健太郎も何でも便利になっていく流れに抵抗感を持っていたのだ。
ボロボロのページを開き、道を指でなぞる。
「ここには恐らく機動隊か、ないしは自衛隊がおるはずや。よそん所よりも抵抗が強いかも知らんが、そやけどここを突破するんが一番早いからな。一気に突破したろやないか」
「強行突破か」
「そや。ちょっと危険かも知らんけどな……最悪銃撃戦も覚悟しとかなあかん。迂回して市街に入って、無駄に石像と接触するんは避けたいからな。気合入れて行こやないか。
そやけど、市内から外に出ようとするやつらには警察も目の色変えよるやろうけど、入っていく分にはそない大した抵抗はないかも知らん。ほんで一気に突っ走って東三国、ここで降りる。
こっからが問題や。どんだけ石像がおるんか検討もつかん。そやけどまぁ、降りてからお前の家まで約2キロ、石像をひき倒して突っ走ったら、案外すんなりと行けるかも知らん。そうなってくれたら一番ええんやけどな」
「そんなんやったら全然おもろないやんかっ! 折角こんだけ楽しみにしてんのにっ!」
直美が不満気に言った。
「まぁまぁ、すんなりいったらいったで、俺が代わりに太腿さすったるさかいに」
「……いっぺん死なな、ほんまに分からん様やなお前」
「おいおい、出発する前から仲間割れしてどないすんや。とにかく、山本君の言うコースで行ってみよやないか。大丈夫や直美、ちゃんとお前の出番も作ったる」
「ほんまやね」
「ああ、まかせとけ」
なぜか従軍司祭仕様の迷彩服を身にまとった坂口が、直美をなだめてそう言った。
「よっしゃ、ほんだら気合入れて行くでっ! 運転交代じゃ、おえ本田、新御堂筋〈しんみ〉降りるまで運転せえっ!」
助手席に座った健太郎が、景気よく本田の頭を張り飛ばした。
「う、うん……」
本田がしぶしぶうなずき、クラッチを踏む。
がくがくと揺れながら健太郎のジープが、ちんたらちんたらと動き出した。
* * *
「今日はまた、随分と冷えますね」
バリケードの前に立つ新米警官が、身を震わせながら上司につぶやいた。
「何か知りませんけど、えらい騒ぎになってしまいましたね」
「そらそうや。なんちゅうても人間が石になって徘徊しとるんやからな。もうすぐお偉い学者先生らが来て、サンプル取って調べるらしいけどな」
「でもサンプルって言いましても……どうやって石像人間を捕まえるんですかね」
「そこやそこ。まぁ、俺が考えるには恐らく、決死隊みたいなもんが作られて市内に潜入、捕獲する事になると思うんやが」
「そんな……誰がそんな決死隊なんかに志願するんですか」
「志願者がおらんかったら命令やろな。お前に当たる可能性も大いにある」
「そ、そんなぁ」
「うはははははははっ、心配すんな心配すんな。誰もお前みたいな屁たれを指名したりせえへんわいな」
「そ、そうですよね、大丈夫ですよね……でも自衛隊はいつ来るんですかね。ここは言わば、市内と北摂をつなぐ大動脈ですよ。そんな所に僕らだけで警護させるやなんて」
「ほんまやなぁ。まぁ戒厳令も初めてやし、自衛隊出動の手続きもごたごたしとるんちゃうか」
「にしても市内って、どないなってるんですかね。こっちは雲ひとつない青空が広がってるのに、市内は白い靄にすっぽり包まれてて」
「そやなぁ……靄っちゅうか、雲っちゅうか」
「あ……」
部下が上空を見上げた。
プロペラ音が響き、自衛隊のヘリコプターが降下しようとしていた。
「主任、来ましたよ自衛隊が」
「やっとか」
部下がヘリに向って大きく手を振った。
その時だった。
北摂方面から、ライトを点灯して走ってくる車が見えた。
「主任! 一般人です!」
部下が蛇行しながら走るジープを指差した。
「ほんまや。おい、拡声器出せ」
「はい!」
* * *
「おえ本田っ! お前、ええ加減ちゃんと運転したれやっ! なんべんエンストしたら気ぃ済むんやっ! 一体どないなっとるんや、お前の頭ん中はっ!」
「ん……んな事言うても健ちゃん、ミッションなんか初めてやもん……む、難しいもん」
「ああっもぉイライラするっ! なんでこんな遠足みたいなドライブに付き合わなあかんのよっ! 私が運転するからのいてっ!」
「そこの車止まりなさい、そこの車止まりなさい」
「お、何やかんやの内に検問所かえ……おうおう大層にバリケードしくさりよってからに。
おっ、ラッキーやないかえ機動隊や。機動隊と自衛隊では突破するんも雲泥の差やからな」
「健」
腕組みをして正面を見据えたまま、藤原が静かに言った。
「なんや」
「上見ろ」
「上? ……あ」
健太郎の目に、降下してくるヘリが映った。
「やばい、自衛隊やっ! おえ本田、あの屁たれたバリケードを叩き潰せっ! シフトあげてアクセル踏み倒せっ!」
「と、突破って車、大丈夫なん?」
「問題ない、俺のジープは頑丈や!」
「そこの車止まりなさい、そこの車止まりなさい」
ヴォンヴォンヴオオオオオオオオオオン!
ジープの中で4人がでんぐり返った。
「な……なんちゅう運転じゃ……まあええ本田っ、あの警官ごと、バリケード吹っ飛ばせっ!」
「そこの車止まり……ひ、ひえええええええええっ!」
突っ込んでくるジープに、二人の警官は思わず身をかわした。
ジープがバリケードを叩き破る。
ボンボンッ!
その時自衛隊員が、ヘリから身を乗り出して発砲してきた。
「げっ……撃ってきよったがな……あいつらマジや」
「上等やんか」
プロペラ音をかき消す銃声に、直美の目が吊り上がった。
そして何と、時速120キロで走るジープの中で立ち上がり、素早くSIGを抜き取ると、ヘリの燃料タンクに照準を合わせた。
そしてサイトを微動だにさせず、発砲した。
ボンボンボンッ!
「ん……んなアホな……」
藤原が呆然とした。
弾は見事にヒットし、ヘリがバランスを崩して落下していく。
ドゴオオオオオオオオオオオッ!
上空でヘリが爆発した。
「よっしゃ! これでもう後には引けん、開戦や! 本田、突っ込め!」
ジープが炎上するヘリを後に、靄の中に突っ込んでいく。
「健ちゃん、何かよぉ分からんけど、ミッションって結構面白いね」
「そやろうがそやろうが。もうあんまし売ってへんけどな」
半年後。戦いは終わった。数百万の犠牲を払った大阪に、少しずつ活気が戻りつつあった。事件の真相は当然、誰にも分からない。全てを理解しているのは、藤原と涼子だけ。そして二人が、それを口外する事はなかった。* * *徘徊していた数百万にも及ぶ石像たちは皆、元の姿に戻っていた。しかし坂口の言っていた、「首謀者を倒せば、呪いが解けて皆が助かる」と言う言葉は、残酷な答えとなって返っていた。確かに元の姿に戻りはしたが、脳味噌を排出した人々が再び蘇生する事はない。市内は数百万人の死体の山、ゴーストタウンと化していた。学者たちは頭を悩ませ、連日この惨劇を巡っての議論が続いた。だが誰一人として、答えにたどり着くものはいなかった。藤原は思っていた。(呪いからは解き放たれた……魂っちゅうもんがあるんやったら、みんな、安らかな眠りについた筈や……そうや、絶対そうや……)* * *雲ひとつない透き通る青空を、ベンチに座って見つめている藤原と涼子。藤原が涼子の頭を優しく撫でた。「お兄ちゃん、屁たれにだけはなりたくないね」涼
爆発が起こった。衝撃で部屋が揺れる。「なるほど……健太郎さんにしては、なかなか格好いい最後だったようですね、ふはははははははっ!」「くっ……健っ……!」素早くマガジンチェンジを行い、藤原が雄介目掛けて発砲する。その藤原の体を、雄介の鋭い視線が容赦なく切り刻んでいく。* * *その時、爆発音に妖しい眠りから覚めた涼子の視界に、雄介と戦う藤原の姿が映った。「……お……お兄ちゃん……」涼子が体に巻かれたコードを外そうとあがく。幸いにもコードは緩く締められていて、何度か試みている内に外す事が出来た。―涼子の目に、床に転がる鉈が映った。涼子が鉈を手に取り、ゆっくりと立ち上がった。「ふはははははははっ! 藤原君、そろそろお別れの時ですね! 僕を裏切った事、あの世で後悔してください!」涼子が鉈を振りかざし、雄介の後ろに立った。藤原は壁にもたれかかり、諦めきった表情で両腕をだらんと下ろした。「よりによって、屁たれのクソダコに殺られるとはな……」「死ねっ!」その時だった。「やああああああああっ!」
雄介が拳を握り締め、わなわなと肩を震わせた。レースでよく見えないが、泣いている様に見えた。そしてしばらくすると天を仰ぎ、藤原への思いを断ち切る様に笑い出した。「あっはっはっはっ!」虚しい笑い声が、室内に響く。「分かりました……僕には……僕には友達なんかいなかったと言う事ですね……じゃあ僕は何ら遠慮する事なく、この力を持って世界の頂点に登ります……やはり頂点は一人なんですね……まずは健太郎さん、あなたです……あなたには最高の舞台を用意しましょう……直美さんっ!」「何……直美ちゃん、やと……」雄介の声にバスルームの扉が開き、中から直美がゆらりと姿を現した。「直美ちゃん……無事やったんかえっ!」「待て健」身を乗り出して叫ぶ健太郎を、藤原が制した。「よお見てみい、目が死んどる」「な、直美ちゃん……」「彼女はもう、僕の忠実な下僕です。彼女の能力は素晴らしい物です。石像にしてしまうには余りにも惜しい、そう思いましてね。彼女にはその姿のまま、僕の番犬になってもらったんです。さあ直美さん! まずは健太郎さんを殺して下さい!」その声に、直美の肩がピクリと動いた。&nbs
10分後。「ええ加減にさらさんかえこのボケッ!」健太郎が藤原の後頭部を張り倒した。「ごっ……!」衝撃で目から火を出した藤原が、思わずうなる。そして静かに、大きく深呼吸すると手を挙げ、二人に言った。「すまん、ちょっとタイムや……」ポケットから煙草を取り出し、くわえて火をつける。「ふううううぅっ……」白い息を吐き、眉間に皺を寄せ、天を仰ぐ。「……よし、もう大丈夫や……いわちゃき、いや、岩崎雄介やな、分かった……」煙草を床に捨て、踏み消した。「……そやけど、岩崎雄介……そんなやつ、俺知らんぞ。訳の分からん事ぬかしやがって……それも人の事、馴れ馴れしぃ呼びくさって」「正気に戻ったかえ。そやけどちょっと待てや、その話は後や。おえ屁たれ! 先に俺が質問するっ! お前がどないして、そんな訳の分からん能力を得たんか、まずはそっからや! さあ、答えたらんかえっ!」健太郎が雄介にショットガンを向けて吠えた。健太郎の問いに、思考が停止していた雄介もようやく我に帰った。「……い、いいでしょう&
銃を構えた藤原が、部屋に足を踏み入れたその時だった。「藤原、目えつむれっ! やっぱしやつはゴーゴンの力を持っとった! 顔見たら石にされてまうぞっ!」健太郎が大声で叫んだ。「……分かった」藤原が静かにうなずき目をつむり、安眠マスクをしようとした。その時だった。「藤原君! 心配しなくていいよ! 君に危害を加える様な事は絶対にしない! する訳ないじゃない! さあ、目を開けて!」雄介の狂喜する声が響いた。「何を! 騙されるかえっ!」「……大丈夫、僕は顔にレースをかけます。そうすれば石になる事はありません。健太郎さんも大丈夫ですよ、マスクを取ってください」藤原が恐る恐る、ゆっくりと目を開けた。すると雄介の言う通り、彼は顔に黒いレースをかけていた。頭にはシュルシュルと蛇が動いているのが見える。「おい健、大丈夫や。お前も目ぇ開けろ」藤原の声に、健太郎も安眠マスクをゆっくり外した。「……」藤原には、所狭しと張られている自分の写真、散乱しているコードや倒れている涼子の姿は見えなかった。彼の目に映ったもの。それはその場に転がっている、坂口の無残な生首だった。「坂口さんも……やられたんか……」「お
13階でドアが開いた。ショットガンを突き出しながら、健太郎が素早く左右に目を這わせた。坂口は十字架を天高く掲げ、健太郎に続く。その時、またあの声が聞こえてきた。「心配ありませんよ……ここに石像はいません……いるのは僕だけです……」「くっ……こんガキ、とことん挑発してけつかる……まあええ、行ったろやないかえっ!」健太郎が吠え、大股で藤原の部屋に向かった。声の主の言う通り、石像に遭遇する事無く、二人は藤原の部屋の前に立った。健太郎と坂口が顔を見合わせ、互いにうなずく。その時、玄関のドアが静かに開いた。「坂口さん、行きまっせ!」「分かった!」二人が同時に足を踏み入れる。「な……」健太郎が我が目を疑う。そこは既に、健太郎が知る藤原の家ではなくなっていた。バスルーム以外の壁が全てなくなっており、3LDKの部屋が大きな一室になっていた。そして至る所に、藤原の写真が所狭しと貼られていた。「な……なんじゃこの部屋は……藤原、藤原だらけやないか……あいつ、こないナルシストやったんかいな&hellip